ぼくたちの仲間の一人にカメラマンの沢田竜彦がいた。
三畳間のそれもやっと部屋と呼べる、ベニヤ囲いの代物を
住まいとし、
壁といわず、天井といわず、
部屋中に他人の写真を貼りつけ、
ボロ隠しにしていた。
それも、気に入った写真は天井に貼り、
(女性のピンナップが多かったが)
敵と思えるものの写真は
(世の中のすべてが敵だったが)
ぜんぶ床に貼り、踏みつけて暮らしていた。
彼は、このパッチワークのような部屋で
時にはトリスを飲み、気がむけば想を練っていた。
そんな彼がある日、どうしたことか「角」を
持って帰ってきた。
この不相応な持ち物の噂はその日のうちに
アパート中に広まった。
誰かに貰ったということだった。
当時の「角」や「だるま」は、いってみれば、
手の届かない天の水であった。
バーの飾り棚の最上階に鎮座ましまして
いるものだった。
今の洋酒の比ではない。
噂を聞いた悪戯連が群れをなして集まってきた
のはいうまでもない。
日頃は寄りつかない連中まで顔を見せた。
しかし、これだけ集まると何を始めるにしても
彼の三畳間では手狭すぎた。
廊下にでることにした。
即席だったが、野菜だらけのすき焼きが廊下に
用意された。
くるま座の中央にボトルが燦然として輝いている
のを見るのはいい気分だった。
しかし、周りを見回すといかんせん人数が多すぎた。
これでは一人あて茶碗一杯もなかった。
それでも、多少はしゃいだ気分でオープニング
を待っていた。
その時である。
それまで黙っていた彼が、突然立ち上がって
「角」をひったくるようにして表へ飛び出したのは。
呆気にとられて止める間もなかった。
居合わせた全員が逃げたと思ったのも無理のない
ことだった。
それは、あまりにも唐突で風のようだったからだ。
しかし、右往するまでもなく、しばらくすると
彼は戻ってきた。
だが、もうその手には、「角」はなかった。
その代わり腕一杯にドブロクとトリスを抱えていた。
彼はみんなを見回すと短く、
『酒屋へ行って替えてきた』
と言った。
これには驚いた。
驚いたのは、彼のやり方もそうだったが、何より
「角」がこんなに大量の酒と交換できるという
ことだった。
感嘆すべき威力だった。
この膨大な量を前にして、みんなはそれまでの
「角」への未練をさっぱり霧散させてしまった。
酒盛りはかえって活気を増した。
飲むほどに酔うほどに、
みんなはすっかり「角」のことを忘れてしまった。
彼はいつものように熱っぽく写真を語り、
ぼくはそれを黙って聞いていた。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年6月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293012345

お気に入り日記の更新

テーマ別日記一覧

この日記について

日記内を検索